誰のための「観光翻訳」なのか

「日本に来たなら、日本語を使えばいい。」
そう思う人がいます。

「外国人のために、英語のメニューを用意すべきだ。」
そう考える人もいます。

「会話ならアプリで十分。わざわざ翻訳素材を作る必要はない。」
という声も、確かにあります。

どれも、間違いではないけれど。

でも私は、仕事で翻訳に関わるなかで
ずっと一つのことが引っかかっていました。

誰のための「観光翻訳」なのか

外国人のために、ではない……

観光翻訳というと、多くの人は
「外国人観光客のため」だと思いますよね。

日本語がわからなくて
困っている人を助けるため。

そのための英語メニュー
英語パンフレット、多言語案内板。

でも、私たちが最終的にたどり着いた答えは

翻訳は、地元に住む人たちのために必要だ、ということ。

「あの店、最近行きにくくなったね」

観光客が増えることで
ありがたい反面、
地元の日常も少しずつ変わっていきます。

よく耳にするのが、飲食店の話です。

人気店に外国人観光客が集まると、回転が悪くなる。
注文のやりとりに時間がかかる。
席を立つタイミングがわからない。

気づけば、地元の常連客が
なんとなく行きにくいな、と足が遠のいてしまう。

お店の側も、悪気はありません。
観光客の側も、まったく悪気はありません。

ただ、言葉の壁が、静かに
地域の日常をすり減らしていく現状があります。

もし英語のメニューがあれば
注文がスムーズになる。

会計の流れが整えば、回転が上がる。

常連さんが戻ってくる余地が生まれる!

翻訳は、外国人のためでもありますが

それと同時に、
地元の人が自分の街で快適に
暮らし続けるための仕組みでもあります。

「住みにくい」が積み重なると、街が変わる

訪日観光客数は年々増加しています。

特に地方都市では
インバウンドの恩恵を受けながらも

「なんか最近、街が違う」と
感じている地元の人も少なくない。

バスや電車が混む。スーパーで列が詰まる。
静かだった路地に人が増える。

これは観光客が悪いのではないんです。

「伝わらない」ことで生まれる摩擦が
積み重なっているんです。

ゴミの分別がわからず、放置して帰ってしまう。
行き先がわからずバスを止めてしまう。
無人駅で切符を買わずに乗ってしまう。


どこに並べばいいかわからず、場の空気を読めない。

ルールや案内が自国語で「わかる」状態にあれば
いま多くある摩擦のほとんどはなくせるのではないか……

観光翻訳とは
外国人が「正しく動ける」ようにする
手助けであり、

それによって、地元の人の暮らしを守ることにつながります。

翻訳は「おもてなし」ではなく「インフラ」

よく、観光翻訳は
「おもてなし」の一環として語られます。

でも私たちは、もう
そのフレームでは語りたくないんです。

翻訳は、水道や道路と同じ、街のインフラなんです。

外国語の案内があることで
観光客は迷わず動ける。

お店は回せる。

地域の人は、自分たちの日常を取り戻せる。

誰かのための「特別なサービス」ではなく
地域全体が機能するために
必要な「基盤」として、翻訳を位置づけてほしいです。

私たちがそう思うのは、外国語が得意だからではないんです。

この街に暮らす一人として
翻訳がないことで失われていくものを、静かに見てきたからです。



「観光翻訳は、誰のためにあるのか。」

外国人のため、でもあります。

でも、突き詰めると——
地元の人が、自分の街で気持ちよく生きていくため

だと思っています。